作家早見表│骨董品買取、美術品買取は全国対応の寿永堂に

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大阪市、堺市、東大阪市、枚方市、豊中市、高槻市、吹田市、茨木市、
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■京都主要対応エリア
京都市、宇治市、亀岡市、城陽市、長岡京市、舞鶴市、福知山市、亀岡市

兵庫大阪京都奈良滋賀和歌山などの近畿地方を中心に全国に無料出張いたします。
※遠方でも出張買取いたしますので、まずは一度ご相談ください。

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寿永堂にて査定・買取させていただいている作家、古美術の一例をご紹介いたします。 しかしこちらに記載している作家は、ほんの一部のみです。 その他の人間国宝作家も含みますので、詳細はお気軽にお問い合わせください。

  • 工芸家・陶芸家
  • 日本画家
  • 洋画家
  • 掛け軸
  • 人形
  • 茶道具・煎茶道具(茶碗、茶入、茶杓、水指、茶釜、花入、菓子器、香合、茶掛軸など)
  • 中国美術
  • その他

工芸家・陶芸家

あらかわとよぞう

荒川豊蔵(明治〜昭和)

あさくらいそきち

浅蔵五十吉(大正〜平成)

あおきりゅうざん

青木龍山(大正〜平成)

あかじゆうさい

赤地友哉(明治〜昭和)

いせさきじゅん

伊勢崎淳(昭和〜)

いのうえまんじ

井上萬二(昭和〜)

いたやはざん

板谷波山(明治〜昭和)

いなみただし

井波唯志(大正〜)

えいらくほぜん

永楽保全(江戸中期〜江戸末期)

えいらくみょうぜん

永楽妙全(江戸末期〜昭和)

おがたけんざん

尾形乾山(江戸初期〜江戸中期)

おおひとしろう

大樋年朗(昭和〜)

かとうたくお

加藤卓男(大正〜平成)

かわきたはんでいし

川喜田半泥子(明治〜昭和)

かとうとうくろう

加藤唐九郎(明治〜昭和)

かとうこうべえ

加藤 幸兵衛(明治〜昭和)

かねしげとうよう

金重陶陽(明治〜昭和)

かわむらせいざん

河村蜻山(明治〜昭和)

かわいかんじろう

河井寛次郎(明治〜昭和)

かねしげそざん

金重素山(明治〜平成)

かとうしゅんとう

加藤舜陶(大正〜平成)

かくたにいっけい

角谷一圭(明治〜平成)

かごしまじゅぞう

鹿児島寿蔵(明治〜昭和)

きたおおじろさんじん

北大路魯山人(明治〜昭和)

きんじょうじろう

金城次郎(大正〜平成)

きたでとうじろう

北出塔次郎(明治〜昭和)

くすべやいち

楠部彌弌(明治〜昭和)

くろだたつあき

黒田辰秋(明治〜昭和)

こんどうゆうぞう

近藤悠三(明治〜昭和)

さかいだかきえもん

酒井田柿右衛門(初代/安土桃山時代〜江戸初期)

しまおかたつぞう

島岡達三(大正〜平成)

しょうのしょううんさい

生野祥雲斎(明治〜昭和)

たむらこういち

田村耕一(大正〜昭和)

たかはしどうはち

高橋道八(初代/江戸中期〜江戸中期)

たまかじぞうこく

玉楮象谷(江戸後期〜明治)

つじみつすけ

辻光典(大正〜平成)

てらいけしずと

寺池静人(昭和〜)

てらいなおじ

寺井直次(大正〜平成)

とみもとけんきち

富本憲吉(明治〜昭和)

とくだやそきち

徳田八十吉(初代/明治〜昭和)

ののむらにんせい

野々村仁清(江戸時代初期)

なかざとむあん

中里無庵(明治〜昭和)

なかむらすいこう

中村翠恒(明治〜昭和)

なかざとたろうえもん

中里太郎右衛門(13代/大正〜平成)

なかざとしげとし

中里重利(昭和〜)

はまだしょうじ

濱田庄司(明治〜昭和)

ひらたごうよう

平田郷陽(明治〜昭和)

ひみこうどう

氷見晃堂(明治〜昭和)

ふじもとよしみち

藤本能道(大正〜平成)

ふじたきょうへい

藤田喬平(大正〜平成)

ふじわらけい

藤原啓(明治〜昭和)

ふじわらゆう

藤原雄(昭和〜平成)

ふじわらけん

藤原建(大正〜昭和)

ふじひらしん

藤平伸(大正〜)

ふかみすえはる

深見陶治(昭和〜)

ほんあみこうえつ

本阿弥光悦(安土桃山時代〜江戸初期)

ほりりゅうじょ

堀柳女(明治〜昭和)

みうらちくせん

三浦竹泉(初代/江戸末期〜大正)

みわきゅうわ

三輪休和(明治〜昭和)

みわじゅせつ

三輪壽雪(明治〜)

みやがわこうざん

宮川香山(江戸後期〜大正)

みやのはらけん

宮之原謙(明治〜昭和)

みたにごいち

三谷吾一(大正〜)

もりのたいめい

森野泰明(昭和〜)

やまもととうしゅう

山本陶秀(明治〜平成)

やぎかずお

八木一夫(大正〜昭和)

よしかはたお

吉賀將夫(昭和〜)

よしだじゅんいちろう

吉田醇一郎

よこやまいちむ

横山一夢(昭和〜)

よこやまなおと

横山尚人(昭和〜)

らくきちざえもん

楽吉左衛門(初代/〜安土桃山時代)

ろっかくしすい

六角紫水(江戸末期〜昭和)

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日本画家

あきのふく

秋野不矩(明治〜平成)

あらいかんぽう

荒井寛方(明治〜昭和)

あおやまのぶよし

青山亘幹(昭和〜)

あきづきあきら

穐月明(昭和〜)

いけのたいが/いけたいが

池大雅(江戸中期〜江戸中期)

あらきかんぽ

荒木寛畝(江戸後期〜大正)

いとうしんすい

伊東深水(明治〜昭和)

いわはしえいえん

岩橋英遠(明治〜平成)

いしおどりたつや

石踊達哉(昭和〜)

いしもとしょう

石本正(大正〜)

いりえはこう

入江波光(明治〜昭和)

いわたせんたろう

岩田専太(明治〜昭和)

うえむらしょうえん

上村松園(明治〜昭和)

うえむらしょうこう

上村松篁(明治〜昭和)

うらがみぎょくどう

浦上玉堂(江戸中期〜江戸後期)

おおはしすいせき

大橋翠石(江戸末期〜昭和)

おくむらとぎゅう

奥村土牛(明治〜平成)

おくだげんそう

奥田元宋(大正〜平成)

おたけちくは

尾竹竹坡(明治〜昭和)

おたけこっかん

尾竹国観(明治〜昭和)

おぐらゆき

小倉遊亀(明治〜平成)

おだいせん

小田海僊(江戸中期〜江戸末期)

おのちっきょう

小野竹喬(明治〜昭和)

おおやのり

大矢紀(昭和〜)

おやまかたし

小山硬(昭和〜)

おもだせいじゅ

小茂田青樹(明治〜昭和)

かじたはんこ

梶田半古(明治〜大正)

かじわらひさこ

梶原緋佐子(明治〜昭和)

かたおかたまこ

片岡球子(明治〜平成)

かたやまなんぷう

堅山南風(明治〜昭和)

かぶらききよかた

鏑木清方(明治〜昭和)

かやままたぞう

加山又造(昭和〜平成)

かわいぎょくどう

川合玉堂(明治〜昭和)

かわさきしょうこ

川崎小虎(明治〜昭和)

かわばたりゅうし

川端龍子(明治〜昭和)

かとうえいぞう

加藤栄三(明治〜昭和)

かとうとういち

加藤東一(大正〜平成)

かわばたぎょくしょう

川端玉章(江戸後期〜大正)

かつだてつ

勝田哲(明治〜昭和)

きくちようさい

菊池容斎(江戸中期〜明治)

きくちほうぶん

菊池芳文(江戸末期〜大正)

きしちくどう

岸竹堂(江戸後期〜明治)

きたのつねとみ

北野恒富(明治〜昭和)

きむらぶざん

木村武山(明治〜昭和)

くどうこうじん

工藤甲人(大正〜)

こだまきぼう

児玉希望(明治〜昭和)

かわもとただし

河本正(大正〜)

くぼよしろう

久保吉郎(昭和〜)

くぼれいじ

久保嶺爾(昭和〜)

こばやしこけい

小林古径(明治〜昭和)

こくぶかつ

国府克(昭和〜)

こやつまさみ

小谷津雅美(昭和〜)

ごとうじゅんいち

後藤順一(昭和〜)

こんどうこういちろ

近藤浩一路(明治〜昭和)

こむろすいうん

小室翠雲(明治〜昭和)

こまつひとし

小松均(明治〜昭和)

ごうくらかずこ

郷倉和子(大正〜)

こいずみともひで

小泉智英(昭和〜)

さかいさんりょう

酒井三良(明治〜昭和)

さとうしん

佐藤晨(昭和〜)

しもむらかんざん

下村観山(明治〜昭和)

しむらたつみ

志村立美(明治〜昭和)

しぶさわけい

澁澤卿(昭和〜)

しらとりえいせつ

白鳥映雪(大正〜昭和)

しもだよしひろ

下田義寛(昭和〜)

すぎやまやすし

杉山寧(明治〜平成)

すずきしょうねん

鈴木松年(江戸後期〜明治)

すずきちくはく

鈴木竹柏(大正〜)

すずきかそん

鈴木華邨(江戸末期〜大正)

せんじゅひろし

千住博(昭和〜)

たぶちとしお

田渕俊夫(昭和〜)

たかやまたつお

高山辰雄(大正〜平成)

たけうちせいほう

竹内栖鳳(江戸末期〜昭和)

たけひさゆめじ

竹久夢二(明治〜昭和)

たじまなすび

田島奈須美(昭和〜)

たのむらちくでん

田能村竹田(江戸中期〜後期)

たにぶんちょう

谷文晁(江戸中期〜後期)

とみおかてっさい

富岡鉄斎(江戸後期〜大正)

とみたけいせん

富田渓仙(明治〜昭和)

どうもといんしょう

堂本印象(明治〜昭和)

とくおかしんせん

徳岡神泉(明治〜昭和)

ときわたいくう

常盤大空(大正〜昭和)

なかじまちなみ

中島千波(昭和〜)

なかのよしゆき

中野嘉之(昭和〜)

にしやますいしょう

西山翠嶂(明治〜昭和)

にしやまひでお

西山英雄(明治〜平成)

にしざわてきほ

西沢笛畝(明治〜昭和)

にしうちとしお

西内利夫(昭和〜昭和)

ねあがりとみじ

根上富治(明治〜昭和)

のじませいじ

野島青茲(大正〜昭和)

はしもとかんせつ

橋本関雪(明治〜昭和)

はやみぎょしゅう

速水御舟(明治〜昭和)

はなぶさいっちょう

英一蝶(江戸初期〜江戸中期)

ひえだかずほ

稗田一穂(大正〜)

ひがしやまかいい

東山魁夷(明治〜平成)

ひしだしゅんそう

菱田春草(明治〜明治)

ひらやまいくお

平山郁夫(昭和〜平成)

ひらまつれいじ

平松礼二(昭和〜)

ふくおうじほうりん

福王寺法林(大正〜)

ふくだへいはちろう

福田平八郎(明治〜昭和)

ほりふみこ

堀文子(大正〜)

まえだせいそん

前田青邨(明治〜昭和)

まつばやしけいげつ

松林桂月(明治〜昭和)

まきすすむ

牧進(昭和〜)

まつもとふうこ

松本楓湖(江戸後期〜大正)

みずたけんざん

水田硯山(明治〜昭和)

みわちょうせい

三輪晁勢(明治〜昭和)

むかいくま

向井久万(明治〜昭和)

むしゃこうじさねあつ

武者小路実篤(明治〜昭和)

もりやただし

守屋多々志(大正〜平成)

やすだゆきひこ

安田靭彦(明治〜昭和)

やまもときゅうじん

山本丘人(明治〜平成)

やまぐちかよう

山口華楊(明治〜昭和)

よこやまみさお

横山操(大正〜昭和)

よこやまたいかん

横山大観(明治〜昭和)

よしおかけんじ

吉岡堅二(明治〜平成)

よさぶそん

与謝蕪村(江戸中期〜江戸中期)

きっかわれいか

吉川霊華(明治〜昭和)

よしむらただお

吉村忠夫(明治〜昭和)

わたなべせいてい

渡辺省亭(江戸末期〜大正)

わたなべかざん

渡辺華山(江戸中期〜江戸後期)

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洋画家

あおきしげる

青木繁(明治〜明治)

あおやまくまじ

青山熊治(明治〜昭和)

あさいかんえもん

朝井閑右衛門(明治〜昭和)

あさいちゅう

浅井忠(江戸末期〜明治)

ありもととしお

有元利夫(昭和〜昭和)

ありしまいくま

有島生馬(明治〜昭和)

あいみつ

靉光(明治〜昭和)

あかまつりんさく

赤松麟作(明治〜昭和)

あおやまよしお

青山義雄(明治〜平成)

あそうさぶろう

麻生三郎(大正〜平成)

いとうきよなが

伊藤清永(明治〜平成)

いしいはくてい

石井柏亭(明治〜昭和)

いでのぶみち

井手宣通(明治〜平成)

うきたかつみ

浮田克躬(昭和〜平成)

うめはらりゅうざぶろう

梅原龍三郎(明治〜昭和)

うしじまのりゆき

牛島憲之(明治〜平成)

えいきゅう

瑛九(大正〜昭和)

おのすえ

小野末(明治〜昭和)

おかしかのすけ

岡鹿之助(明治〜昭和)

おかださぶろうすけ

岡田三郎助(明治〜昭和)

おくたにひろし

奥谷博(昭和〜)

おぎすたかのり

荻須高徳(明治〜昭和)

おだひろき

織田広喜(大正〜)

おさかべじん

刑部人(明治〜昭和)

おだぎりさとし

小田切訓(昭和〜)

かづきやすお

香月泰男(明治〜昭和)

かなやまへいぞう

金山平三(明治〜昭和)

かもいれい

鴨居玲(昭和〜昭和)

かわぐちきがい

川口軌外(明治〜昭和)

かただとくろう

片多徳郎(明治〜昭和)

きだきんじろう

木田金次郎(明治〜昭和)

きのしたたかのり

木下孝則(明治〜昭和)

きしだりゅうせい

岸田劉生(明治〜昭和)

きぬたにこうじ

絹谷幸二(昭和〜)

くによしやすお

国吉康雄(明治〜昭和)

くまがいもりかず

熊谷守一(明治〜昭和)

くろだせいき

黒田清輝(江戸末期〜大正)

くらたはくよう

倉田白羊(明治〜昭和)

くのかずひろ

久野和洋(昭和〜)

こいそりょうへい

小磯良平(明治〜昭和)

こいでならしげ

小出楢重(明治〜昭和)

ごせだほうりゅう

五姓田芳柳(江戸後期〜明治)

こばやしまんご

小林萬吾(明治〜昭和)

こがはるえ

古賀春江(明治〜昭和)

こじまとらじろう

児島虎次郎(明治〜昭和)

こだまゆきお

児玉幸雄(大正〜平成)

こやまけいぞう

小山敬三(明治〜昭和)

ごみていしろう

五味悌四郎(大正〜平成)

さえきゆうぞう

佐伯祐三(明治〜昭和)

さぶりまこと

佐分真(明治〜昭和)

さかもとはんじろう

坂本繁二郎(明治〜昭和)

しばたよねぞう

芝田米三(昭和〜平成)

すだくにたろう

須田国太郎(明治〜昭和)

すだこくた

須田剋太(明治〜平成)

すずきしんたろう

鈴木信太郎(明治〜昭和)

すぎもとけんきち

杉本健吉(明治〜平成)

すがいくみ

菅井汲(大正〜平成)

せきねしょうじ

関根正二(明治〜大正)

そみやいちねん

曽宮一念(明治〜平成)

たかまそうしち

高間惣七(明治〜昭和)

ちょうかいせいじ

鳥海青児(明治〜昭和)

つじひさし

辻永(明治〜昭和)

つばきさだお

椿貞雄(明治〜昭和)

つるおかよしお

鶴岡義雄(大正〜平成)

つかごしひとじ

塚越仁慈(昭和〜)

てらうちまんじろう

寺内萬治郎(明治〜昭和)

てらしまりゅういち

寺島龍一(大正〜平成)

とうごうせいじ

東郷青児(明治〜昭和)

なかがわかずまさ

中川一政(明治〜平成)

なかむらつね

中村彝(明治〜大正)

なかむらせいじ

中村清治(昭和〜)

なかねかん

中根寛(大正〜)

なべいかつゆき

鍋井克之(明治〜昭和)

なんばたふみお

難波田史男(昭和〜昭和)

のぐちやたろう

野口弥太郎(明治〜昭和)

のみやまぎょうじ

野見山暁治(大正〜)

のだひでお

野田英夫(明治〜昭和)

のだひろし

野田弘志(昭和〜)

はせがわとしゆき

長谷川利行(明治〜昭和)

はまぐちようぞう

浜口陽三(明治〜平成)

はやしたけし

林武(明治〜昭和)

ふくざわいちろう

福沢一郎(明治〜平成)

ふじしまたけじ

藤島武二(江戸末期〜昭和)

ふじたつぐはる

藤田嗣治(明治〜昭和)

ひらやまいくお

平山郁夫(昭和〜平成)

まえたかんじ

前田寛治(明治〜昭和)

まつもとしゅんすけ

松本竣介(明治〜昭和)

まさむねとくさぶろう

正宗得三郎(明治〜昭和)

みぎしこうたろう

三岸好太郎(明治〜昭和)

みぎしせつこ

三岸節子(明治〜平成)

みつたにくにしろう

満谷国四郎(明治〜昭和)

みなみくんぞう

南薫造(明治〜昭和)

みみのうさぶろう

耳野卯三郎(明治〜昭和)

みやながたけひこ

宮永岳彦(大正〜昭和)

みやもとさぶろう

宮本三郎(明治〜昭和)

むかいじゅんきち

向井潤吉(明治〜平成)

むなかたしこう

棟方志功(明治〜昭和)

むらやまかいた

村山槐多(明治〜大正)

もりたつねとも

森田恒友(明治〜昭和)

もりたしげる

森田茂(明治〜平成)

もりもとそうすけ

森本草介(昭和〜)

やまぐちたけお

山口長男(明治〜昭和)

やましたきよし

山下清(大正〜昭和)

やましたしんたろう

山下新太郎(明治〜昭和)

やまもとかなえ

山本鼎(明治〜昭和)

やまもとひょういち

山本彪一(昭和〜平成)

よしはらじろう

吉原治良(明治〜昭和)

よろずてつごろう

萬鉄五郎(明治〜昭和)

よしいじゅんじ

吉井淳二(明治〜平成)

よしだひろし

吉田博(明治〜昭和)

わだえいさく

和田英作(明治〜昭和)

わきたかず

脇田和(明治〜平成)

わたなべたけお

渡辺武夫(昭和〜平成)

わださんぞう

和田三造(明治〜昭和)

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掛け軸

あきのふく

秋野不矩(明治〜平成)

あおやまのぶよし

青山亘幹(昭和〜)

あきづきあきら

穐月明(昭和〜)

あらいかんぼう

荒井寛方(明治〜昭和)

あらきかんぽ

荒木寛畝(江戸後期〜大正)

いけのたいが/いけたいが

池大雅(江戸中期)

いとうしょうは

伊藤小波(明治〜昭和)

いとうじゃくちゅう

伊藤若沖(江戸中期)

いとうしんすい

伊東深水(明治〜昭和)

いしおどりたつや

石踊達哉(昭和〜)

いしもとただし

石本正(大正〜)

いりえはこ

入江波光(明治〜昭和)

いわたせんたろう

岩田専太郎(明治〜昭和)

うえむら しょうこう

上村松篁(明治〜昭和)

うだ きそん

宇田萩邨(明治〜昭和)

うらがみぎょくどう

浦上玉堂(江戸中期〜江戸後期)

おおはしすいせき

大橋翆石(江戸末期〜昭和)

おくむら とぎゅう

奥村土牛(明治〜平成)

おくだげんそう

奥田元宋(大正〜平成)

おのちっきょう

小野竹喬(明治〜昭和)

おたけこっかん

尾竹国観(明治〜昭和)

おだかいせん

小田海僊(江戸中期〜江戸末期)

おおやのり

大矢紀(昭和〜)

おやまかたし

小山硬(昭和〜)

おもだせいじゅ

小茂田青樹(明治〜昭和)

かじたはんこ

梶田半古(明治〜大正)

かじわらひさこ

梶原緋佐子(明治〜昭和)

かたおかたまこ

片岡球子(明治〜平成)

かたやまなんぷう

堅山南風(明治〜昭和)

かぶらききよたか

鏑木清方(明治〜昭和)

かやままたぞう

加山又造(昭和〜平成)

かわいぎょくどう

川合玉堂(明治〜昭和)

かわさきしょうこ

川崎小虎(明治〜昭和)

かわばたりゅうし

川端龍子(明治〜昭和)

かとうえいぞう

加藤栄三(明治〜昭和)

かとうとういち

加藤東一(大正〜平成)

かわばたぎょくしょう

川端玉章(江戸後期〜大正)

かつだてつ

勝田哲(明治〜昭和)

かなしまけいか

金島桂華(明治〜昭和)

きくちようさい

菊池容斎(江戸中期〜明治)

きたのつねとみ

北野恒富(明治〜昭和)

きむらぶざん

木村武山(明治〜昭和)

くどうこうじん

工藤甲人(大正〜)

くぼよしろう

久保吉郎(昭和〜)

くぼれいじ

久保嶺爾(昭和〜)

こばやしこけい

小林古径(明治〜昭和)

こくぶかつ

国府克(昭和〜)

こやつまさみ

小谷津雅美(昭和〜)

ごとうじゅんいち

後藤順一(昭和〜)

こんどうこういちろう

近藤浩一路(明治〜昭和)

こまちひとし

小松均(明治〜昭和)

ごうくらかずこ

郷倉和子(大正〜)

こいずみともひで

小泉智英(昭和〜)

さいごうこげつ

西郷孤月(明治)

さかいさんりょう

酒井三良(明治〜昭和)

さとうしん

佐藤晨(昭和〜)

しばたぜしん

柴田是真(江戸後期〜明治)

しもむらかんざん

下村観山(明治〜昭和)

しむらたつみ

志村立美(明治〜昭和)

しぶさわけい

澁澤卿(昭和〜)

しみずのぶゆき

清水信行(昭和〜)

しらとりえいせつ

白鳥映雪(大正〜昭和)

しもだぎかん

下田義寛(昭和〜)

すずきしょうねん

鈴木松年(江戸後期〜明治)

すずきちくはく

鈴木竹柏(大正〜)

すずきかそん

鈴木華邨(江戸末期〜大正)

すぎやまやすし

杉山寧(明治〜平成)

せんじゅひろし

千住博(昭和〜)

たぶちとしお

田渕俊夫(昭和〜)

たかやまたつお

高山辰雄(大正〜平成)

たきかてい

滝和亭(江戸後期〜明治)

たけうちせいほう

竹内栖鳳(江戸末期〜昭和)

たけひさゆめじ

竹久夢二(明治〜昭和)

たじまなすび

田島奈須美(昭和〜)

たのむらちくでん

田能村竹田(江戸中期〜後期)

たにぶんちょう

谷文晁(江戸中期〜後期)

つちだばくせん

土田麦僊(明治〜昭和)

とみおかてっさい

富岡鉄斎(江戸後期〜大正)

とみたけいせん

富田渓仙(明治〜昭和)

どうもといんしょう

堂本印象(明治〜昭和)

ときわたいくう

常盤大空(大正〜昭和)

なかじまちなみ

中島千波(昭和〜)

なかのよしゆき

中野嘉之(昭和〜)

にしやますいしょう

西山翠嶂(明治〜昭和)

にしやまひでお

西山英雄(明治〜平成)

にしざわてきほ

西沢笛畝(明治〜昭和)

にしせいうん

西晴雲(明治〜昭和)

ねあがりとみじ

根上富治(明治〜昭和)

のじませいじ

野島青茲(大正〜昭和)

はしもとかんせつ

橋本関雪(明治〜昭和)

はやみぎょしゅう

速水御舟(明治〜昭和)

はなぶさいっちょう

英一蝶(江戸初期〜江戸中期)

ひえだずほ

稗田一穂(大正〜)

ひがしやまかいい

東山魁夷(明治〜平成)

ひしだしゅんそう

菱田春草(明治〜明治)

ひらまつれいじ

平松礼二(昭和〜)

ふくおうじほうりん

福王寺法林(大正〜)

ふくだへいはちろう

福田平八郎明治〜昭和)

ほりふみこ

堀文子(大正〜)

まえだせいそん

前田青邨(明治〜昭和)

まつばやしけいげつ

松林桂月(明治〜昭和)

まきすすむ

牧進(昭和〜)

まつもとふうこ

松本楓湖(江戸後期〜大正)

みずたけんざん

水田硯山(明治〜昭和)

みわちょうせい

三輪晁勢(明治〜昭和)

むかいくま

向井久万(明治〜昭和)

むしゃこうじさねあつ

武者小路実篤(明治〜昭和)

もりや だし

守屋多々志(大正〜平成)

やすだゆきひこ

安田靭彦(明治〜昭和)

やまもときゅうじん

山本丘人(明治〜平成)

やまぐちかよう

山口華楊(明治〜昭和)

よこやまみさお

横山操(大正〜昭和)

よこやまたいかん

横山大観(明治〜昭和)

よしおかけんじ

吉岡堅二(明治〜平成)

よさぶそん

与謝蕪村(江戸中期〜江戸中期)

わたなべせいてい

渡辺省亭(江戸末期〜大正)

わたなべかざん

渡辺華山(江戸中期〜江戸後期)

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人形

あたえゆうき

与勇輝(昭和〜)

あんどうけいほ

安藤桂甫(大正〜)

おくださゆめ

奥田小由女(昭和〜)

かごしまじゅぞう

鹿児島寿蔵(明治〜昭和)

こじまよいち

小島与一(明治〜昭和)

しろうずろくさぶろう

白水六三郎 (明治〜昭和)

たけだきのすけ

竹田喜之助(大正〜昭和)

つじむらじゅさぶろう

辻村寿三郎(昭和〜)

なかはらじゅんいち

中原淳一(大正〜昭和)

ひらたごうよう

平田郷陽(明治〜昭和)

やまもとふくまつ

山本福松 (大正〜昭和)

やすもとかめはち

安本亀八(江戸後期〜明治)

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茶道具・煎茶道具(茶碗、茶入、茶杓、水指、茶釜、花入、菓子器、香合、茶掛軸など)

あおきりゅうざん

青木龍山(大正〜平成)

あかじゆうさい

赤地友哉 (明治〜昭和)

あきやまいっせい

秋山逸生(明治〜昭和)

うおずみいらく

魚住為楽(初代/明治〜昭和)

うんのきよし

海野清(明治〜昭和)

えいらくぜんごろう

永楽善五郎(昭和〜)

おおさかひろみち

大坂弘道(昭和〜)

おおざわこうみん

大澤光民(昭和〜)

おおたひとし

太田儔(昭和〜)

かくたにいっけい

角谷一圭(明治〜平成)

かしまいっこく

鹿島一谷(明治〜平成)

かつしろそうほう

勝城蒼鳳(昭和〜)

かとりまさひこ

香取正彦(明治〜昭和)

かなもりええいち

金森映井智(明治〜平成)

かもしたしゅんめい

鴨下春明(大正〜平成)

かわぎたりょうぞう

川北良造(昭和〜)

きたむらしょうさい

北村昭斎(昭和〜)

きんじょうじろう

金城次郎(大正〜平成)

きろだたつあき

黒田辰秋(明治〜昭和)

こんどうゆうぞう

近藤悠三(明治〜昭和)

さいとうあきら

齋藤明(大正〜)

ささきしょうどう

佐々木象堂(明治〜昭和)

しおだけいしろう

塩多慶四郎(大正〜平成)

しょうのしょううんさい

生野祥雲斎(明治〜昭和)

すずきおさむ

鈴木藏(昭和〜)

せきやしろう

関谷四郎(明治〜平成)

たかのしょうざん

高野松山(明治〜昭和)

たかむらとよちか

高村豊周(明治〜昭和)

たぐちよしくに

田口善国(大正〜平成)

てらいなおじ

寺井直次(大正〜平成)

はまだ しょうじ

濱田庄司(明治〜昭和)

はやかわしょうこさい

早川尚古斎(初代/江戸後期〜明治)

ひみこうどう

氷見晃堂(明治〜昭和)

まえふみお

前史雄(昭和〜)

まえだちくぼうさい

前田竹房斎(二代/大正〜平成)

ますむらましき

増村益城(明治〜平成)

まついこうせい

松井康成(昭和〜平成)

まつだごんろく

松田権六(明治〜昭和)

みわきゅうせつ

三輪休雪(十代/昭和〜昭和)

むろせかずみ

室瀬和美(昭和〜)

むらやまあきら

村山明(昭和〜)

 

表千家 歴代 宗匠

[初代] 利休宗易  抛筌斎

[二代] 少庵宗淳  少庵

[三代] 元伯宗旦  咄々斎

[四代] 江岑宗佐  逢源斎

[五代] 良休宗左  随流斎

[六代] 原叟宗左  覚々斎

[七代] 天然宗左  如心斎

[八代] 件翁宗左  啄斎

[九代] 曠叔宗左  了々斎

[十代] 祥翁宗左  吸江斎

[十一代] 瑞翁宗左  碌々斎

[十二代] 敬翁宗左  惺斎

[十三代] 無盡宗左  即中斎

[十四代] 宗左  而妙斎

 
裏千家 歴代 宗匠

[初代] 利休宗易  抛筌斎

[二代] 少庵宗淳  少庵

[三代] 元伯宗旦  咄々斎

[四代] 仙叟宗室  朧月庵

[五代] 常叟宗室  不休斎

[六代] 泰叟宗室  六閑斎宗安

[七代] 竺叟宗室  最々斎

[八代] 一燈宗室  又玄斎

[九代] 石翁宗室  不見斎

[十代] 柏叟宗室  認得斎

[十一代] 精中宗室  玄々斎

[十二代] 直叟宗室  又々斎

[十三代] 鉄中宗室  圓能斎

[十四代] 碩叟宗室  淡々斎

[十五代] 汎叟宗室  鵬雲斎

[十六代] 玄黙宗室  坐忘斎

 

 
楽焼 歴代

[初代] 長次郎

[二代] 宗慶

[三代] 道入

[四代] 一入

[五代] 宗入

[六代] 左入

[七代] 長入

[八代] 得入

[九代] 了入

[十代] 旦入

[十一代] 慶入

[十二代] 弘入

[十三代] 惺入

[十四代] 覚入

[十五代] 樂吉左衛門

歴代 中村宗哲

[初代] 宗哲(1617年〜1695年)
通称:八兵衛
号:公弼・方寸庵・塗翁・勇山・
杯斎

[二代] 宗哲(1671年〜1706年)
通称:八兵衛
号:汲斎

[三代] 宗哲(1699年〜1776年)
通称:八兵衛 幼名:鍋千代
号:方寸庵・漆翁・漆桶・勇斎・
公弼・紹朴・芹生

[四代] 宗哲(1726年〜1791年)
通称:為安・八郎兵衛
号:深斎

[五代] 宗哲(1764年〜1811年)
通称:守一・八兵衛
号:豹斎・漆畝

[六代] 宗哲(1792年〜1839年)
幼名:昌之助
通称:八兵衛・為一・八郎兵衛
号:楪斎

[七代] 宗哲(1798年〜1846年)
幼名:槌六
通称:八郎兵衛・八兵衛
号:得玄・獏斎・黒牡丹

[八代] 宗哲(1828年〜1884年)
幼名:丑之助
通称:八郎兵衛・忠一
号:至斎・聴雨・蜂老

[九代] 宗哲(1856年〜1911年)
旧姓:松崎喜三郎
号:義生・英斎・一畝・雲水

[十代] 尼宗哲(1862年〜1926年)
名:真
八代宗哲四女

[十一代] 宗哲(1899年〜1993年)
名:忠蔵
号:元斎・叩城・九土

[十二代] 宗哲(1932年〜2005年)
名:弘子

[十三代] 宗哲(2005年〜)

 

 

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中国美術

きゅうえい

仇英

ぶんちょうめい

文徴明

こうくんぺき

方君壁

おういってい

王一亭

おうたく

王鐸

かくまつじゃく

郭沫若

かしょうき

何紹基

きんのう

金農

けいこう

啓功

こうゆうい

康有為

ごかんちゅう

呉冠中

ごしょうせき

呉昌碩

さいはくせき

斉白石

しゅめい

朱銘

せきとう

石濤

じょひこう

徐悲鴻

そんぶん

孫文

ちゃんたいせん

張大千

ちょうけいちょう

梁啓超

ちょうしけん

趙之謙

ちょうずいとう

張瑞図

ちんいっぴ

陳逸飛

ていしょう

鄭燮

とうきしょう

董其昌

とうじゅへい

董寿平

にんぱくねん

任伯年

はくせっせき

白雪石

はんそ

范曽

ふざん

傅山

ようしゅけい

楊守敬

らんえい

藍瑛

りかせん

李可染

りふうみん

林風眠

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その他

白磁

青磁

象牙の細工

印籠

武具(火縄銃・槍・壷・刀・兜・鎧)

焼物(備前・九谷・有田など)

屏風

香炉

水指

茶釜

菓子皿

茶入

香含

茶尺

 

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金重陶陽(かねしげとうよう)

1896年(明治29年)1月3日 - 1967年(昭和42年)11月6日)。

岡山県出身の陶芸家。備前焼の陶工として初めて人間国宝となった。
江戸中期以降有田焼や九谷焼などに押されて人気を失っていた備前焼を再興させることに成功し
「備前焼中興の祖」と称される。自らが優れた陶工であっただけでなく、多くの弟子を育て、その中から次々と人間国宝を輩出するなど備前焼の歴史上果たした功績は計り知れない。

河井寛次郎(かわいかんじろう)

1890年(明治23年)8月24日‐1966年(昭和41年)11月18日。
陶芸家。陶芸以外にも彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などの分野でも優れた作品を残している。

寛次郎には師と仰ぐ者が無く、学校という教育機関にて指導を受けた「新しい世代の陶工」である。
新人時代より超絶的な技巧の華やかな作品を発表し、名人と称された。
一時期作品作りに悩むが、その後、実用的で簡素な造詣に釉薬の技術を生かした美しい発色の器を次々と発表。1937年には、パリ万国博覧会にて「鉄辰砂草花図壷」がグランプリを受賞する。

戦後は、陶芸以外に木彫や詩、詞などの創作も始め、高い評価を受ける。
1957年には川勝堅一の計らいで出展した「白地草花絵扁壷」が、ミラノ・トリエンナーレ国際工芸展グランプリを受賞するも、無位無冠の陶工として晩年まで創作活動に励む。

北大路魯山人(きたおおじろさんじん)

1883年(明治16年)3月23日‐1959年(昭和34年)12月21日。
芸術家。晩年まで篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家など、さまざまな顔を持っていた。

1903年書家を目指して上京し、その翌年には日本美術展覧会で一等賞を受賞するなど、早くから頭角を現す。その後中国北部を旅行し、書道や篆刻を学ぶ。また1921年には会員制食堂「美食倶楽部」を発足させるなど、美食家としても名を馳せ始める。
戦後、生活に困窮し不遇の時期を過ごすが、1954年にはパブロ・ピカソ、マルク・シャガールを訪問するなど、精力的に活動する。1955年には、織部焼きの重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されるも辞退。

三輪休和(みわきゅうわ)

1895年4月20日 - 1981年10月24日)。

日本の陶芸家。第十代三輪休雪。1970年に人間国宝に認定。本名は邦廣。
山口県萩市にて、江戸時代初期から萩藩の御用窯として代々萩焼を継承していた三輪窯の次男として生まれる。萩焼の原型である高麗茶碗を研究し、高麗茶碗に和風を取り入れた独特の作風を完成させた。特に萩焼の特色である白釉に関しても独特の技法を編み出し、「休雪白」とよばれるようになった。
陶芸の中では比較的歴史の新しい萩焼を、瀬戸焼や備前焼等に代表される古窯と同等レベルにまで引き上げることに貢献した。

富本 憲吉(とみもとけんきち)

1886年6月5日 - 1963年6月8日。
日本の陶芸家。1955年、人間国宝に認定された。

1926年、奈良から世田谷に住まいを移し窯を築く(以降を東京時代ともいう)。
主に白磁、染付の作品を制作。この時点ではまだ世に知られる存在ではなかったが、1927年の特別展で評判を得た。昭和10年代は本格的に色絵磁器の制作に励んだ。
終戦後の1946年、美術学校および芸術院会員を辞し家族とも別れ京都へ移る(以降を京都時代ともいう)。色絵に加えて金銀を同時に焼き付けるという技法(金銀彩)を完成させ、羊歯文様等による独自の作陶様式を確立した。

藤原啓(ふじわらけい)

1899年(明治32年)2月28日‐1983年(昭和58年)11月12日。
陶芸家。

幼少期より俳句や小説の才能に恵まれるが、1938年より備前陶芸の道に入る。
重陶陽や北大路魯山人らからも指導を受け、技術向上に邁進する。
1954年、岡山県指定無形文化財「備前焼」保持者に認定、1958年には日本工芸理事に就任。1962年にはプラハ国際陶芸賞を受賞。さらには1970年4月25日重要無形文化財「備前焼」保持者(人間国宝)に認定され、1972年勲四等旭日章を受章など、高い評価を受ける。1983年逝去した同日、勲三等瑞宝章を受章する。

山本陶秀(やまもととうしゅう)

1906年(明治39年)4月24日‐1994年(平成6年)4月22日。
陶芸家。

1921年に陶芸の道に入り、1938年楠部弥弌に師事する。
1958年ブラッセル万国博覧会のグランプリ金賞受賞。
1980年スペイン国王フアン・カルロス1世とソフィア王妃へ「花瓶」を献上、1981年には皇室へ「流れ胡麻九花瓶」献上するなど、その作品は高く評価される。
1987年には国指定重要無形文化財「備前焼」保持者(人間国宝)に認定される。

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上村松園(うえむらしょうえん)

明治8年(1875年)4月23日 - 昭和24年(1949年)8月27日)。
日本画家。

明治の京都下京に生まれ育ち、女性の目を通して「美人画」を描いた。
同じく日本画家の上村松篁(しょうこう)は息子、上村淳之(あつし)は孫にあたる。

【代表作】

『清少納言(せいしょうなごん:御簾を掲げる』 1892年 『人生の花』1899年 『娘深雪(むすめみゆき:浄瑠璃「朝顔日記」より』1914年
『待月、良宵之図 』1926年 『簾のかげ、新蛍 』1929年 『序の舞』1936年
池大雅(いけのたいが/いけたいが)

享保8年5月4日(1723年6月6日) - 安永5年4月13日(1776年5月30日))。
日本の江戸時代の文人画家、書家。

享保8年(1723年)、京都銀座役人の下役の子として生まれる。
柳里恭(柳沢淇園)に才能を見出され、日本の文人画(南画)の大成者とされる。
大雅は中国渡来の画譜類のみならず、室町絵画や琳派、更には西洋画の表現を取り入れ、独自の画風を確立した。

【代表作】

『前後赤壁図』重要文化財
六曲一双 1749年
『楼閣山水図』東京国立博物館 六曲一双  国宝 『山水人物図』高野山 ・遍照光院 襖絵 国宝
『五百羅漢図他』京都・萬福寺 襖絵 重要文化財 1756年 『蘭亭曲水・龍山勝会図』 
静岡県立美術館 六曲一双 
重要文化財 1763年
『洞庭赤壁図巻』ニューオータニ美術館 巻子
重要文化財 1771年

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浦上玉堂(うらがみぎょくどう)

1745年(延享2年)‐1820年10月10日(文政3年9月4日)。
文人画家。

若年より、学問、詩文、七絃琴などに親しむ。35歳のとき、中国・明の顧元昭作と伝わる「玉堂清韻」の銘のある名琴を入手したことから「玉堂」を名乗るようになる。
上級藩士であったが、50歳のとき、武士の身分を捨て、脱藩。以後、絵画と絃琴を友に諸国を放浪、晩年は京都に落ち着いて、文人画家として風流三昧の生活を送る。

【代表作】

凍雲篩雪(とううんしせつ)図 (川端康成記念会所蔵)国宝 山中結廬(さんちゅうけつろ)図 (東京国立博物館蔵) 絹本淡彩 寛政4年(1792年)重要文化財 煙霞帖(梅沢記念館蔵)紙本著色 文化8年(1811年)重要文化財
秋色半分図 (愛知県美術館蔵) 紙本墨画淡彩 文政元年(1818年)重要文化財 酔雲醒月図 (愛知県美術館蔵) 紙本墨画淡彩 文政元年(1818年)重要文化財 隷體章句 (愛知県美術館蔵) 五言絶句 文政元年(1818年)重要文化財
深山渡橋図 (愛知県美術館蔵) 紙本墨画淡彩 文政元年(1818年)重要文化財 山紅於染(さんこうおせん)図 (愛知県美術館蔵)重要文化財 雙峯挿雲図(出光美術館蔵) 紙本墨画 重要文化財
籠煙惹滋図(出光美術館蔵) 紙本墨画 重要文化財 一晴一雨図 (個人蔵) 紙本墨画淡彩 重要文化財 山雨染衣図 (個人蔵)重要文化財
鼓琴余事帖 (個人蔵)重要文化財    
川合玉堂(かわいぎょくどう)

1873年(明治6年)11月24日‐1957年(昭和32年)6月30日。
日本画家。12歳の頃より絵に親しみ、京都にて望月玉泉門下、後に幸野楳嶺門下で円山・四条派を学ぶ。

1890年、17歳の頃より「玉堂」と号する。「春渓群猿図」「秋渓群鹿図」が第3回内国勧業博覧会に入選。
1896年、23歳のときに上京し、橋本雅邦に師事。岡倉天心、雅邦、横山大観らの創立した日本美術院(1898年)には当初より参加。1900年頃からは私塾「長流画塾」を主宰、1907年には第1回文部省美術展覧会(文展)審査員に任命され、また1915年からは東京美術学校日本画科教授となり、日本画壇の中心的存在の一人となる。
1931年フランス政府よりレジオンドール勲章、1933年にドイツ政府より赤十字第一等名誉章、1940年には文化勲章を受章する。
日本の四季の山河と、そこで生きる人間や動物の姿を美しい墨線と彩色で描くことを得意とした。

【代表作】

「二日月」(1907年 絹本彩色、東京国立近代美術館蔵) 「行く春」(1916年 紙本彩色六曲一双屏風、東京国立近代美術館蔵、重要文化財) 「彩雨」(1940年作 絹本彩色、東京国立近代美術館蔵)
谷文晁(たにぶんちょう)

1763年10月15日(宝暦13年9月9日)‐1841年1月6日(天保11年12月14日)。
画家。

江戸南画の大成者であり、その画業は上方の円山応挙、狩野探幽とともに「徳川時代の三大家」に数えられる。
画才だけでなく、和歌や漢詩、狂歌などの才能も持ち合わせる。
12歳の頃に学び始めた狩野派の加藤文麗に始まり、渡辺玄対、北山寒巌、狩野光定などに師事。狩野派だけでなく、古土佐、琳派、円山派、四条派や朝鮮画、西洋画も学ぶ。
その後も幅広く画を学び、その画域は山水画、花鳥画、人物画、仏画にまで及び、画様の幅も広く「八宗兼学」とまでいわれる独自の画風を確立し、後に 関東南画壇の泰斗となった。後に画塾写山楼を構えてからは、渡辺崋山・立原杏所など多くの門人を擁した。

【代表作】

公余探勝図 寛政5年(1793年)重要文化財・東京国立博物館 青山園荘図稿 寛政9年(1797年)重要文化財・出光美術館 戸山山荘図稿 寛政10年(1798年)重要文化財・出光美術館
木村蒹葭堂像 享和2年(1802年)重要文化財・大阪府教育委員会蔵(大阪市立美術館保管) 八仙人図  享和2年(1802年)静嘉堂文庫美術館 彦山真景図 文化12年(1815年)東京国立博物館
英一蝶(はなぶさいっちょう)

1652年(承応元年)‐1724年2月7日(享保9年1月13日)。日本画家。

当初、形式化しつつあった狩野派を学ながらも浮世絵に惹かれ、古典の軽妙なパロディや俳諧趣味を加味することにより、浮世絵の大家である岩佐又兵衛や菱川師宣を超える新しい都市風俗画を目指した。
島流し時代は、島民の求めに応じて、天神や七福神の絵を描き、生活の糧とする。江戸復帰後は、大作を多く残し、良い意味での俗っぽさ・町絵師らしさがあると称される。

【代表作】

朝妻舟図 (板橋区立美術館) 四季日待図巻(1700年頃、出光美術館。重要文化財) 布晒舞図 (遠山美術館。重要文化財)
吉原風俗図巻(サントリー美術館) 雨宿り図屏風(東京国立美術館)  
東山魁夷(ひがしやまかいい)

908年(明治41年)7月8日‐1999年(平成11年)5月6日。
画家、著述家。

昭和を代表する日本画家の一人といわれる。
東京美術学校在学中の1929年、第10回帝展に「山国の秋」を初出展し、初入選。
戦後、1947年、第3回日展で「残照」が特選を得たことを機に、風景を題材に独自の表現を追求し始める。瀬戸大橋の色を提案したことでも知られる。

【代表作】

『残照』(1947年 東京国立近代美術館収蔵) 『道』(1950年 東京国立近代美術館収蔵) 『光昏』(1955年 日本芸術院収蔵)
『曙』(1968年 財団法人北澤美術館収蔵) 『年暮る』(1968年 山種美術館収蔵) 『花明り』(1968年 個人所蔵)
『白馬の森』(1972年 長野県信濃美術館東山魁夷館収蔵) 『濤声』『山雲』『黄山暁雲』(1975年 唐招提寺障壁画) 『朝明けの潮』(1968年 皇居新宮殿壁画)
『夕星』(1999年 長野県信濃美術館東山魁夷館蔵) 絶筆    
平山郁夫(ひらやまいくお)

1930年6月15日 - 2009年12月2日。
日本画家、教育者。

日本美術院理事長、一ツ橋綜合財団理事、第6代・第8代東京藝術大学学長を務めた。文化勲章受章者。称号は広島県名誉県民、広島市名誉市民、鎌倉市名誉市民。
現代日本画壇の最高峰に位置する画家であり、その作品価格は画家の中で飛びぬけて高いとされる。

【代表作】

『仏教伝来』 1959年 
佐久市立近代美術館蔵
『入涅槃幻想』 1961年 
東京国立近代美術館蔵
『大唐西域壁画』 2000年 
薬師寺玄奘三蔵院壁画
棟方志功(むなかたしこう)

1903年(明治36年)9月5日 - 1975年(昭和50年)9月13日)。
日本人の板画家。

青森県出身。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。
1942年(昭和17年)以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を 生かした作品を一貫して作り続けた。

【代表作】

『釈迦十大弟子』 『御鷹揚げの妃々達々』 『大和し美し』

【絵】
棟方志功

【印】
棟方志功

【印】
棟方志功

【掛け軸】
棟方志功

【掛け軸】
棟方志功

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横山大観(よこやまたいかん)

明治元年9月18日(1868年11月2日)- 昭和33年(1958年)2月26日)。日本画家。
近代日本画壇の巨匠であり、今日「朦朧体」と呼ばれる線描を抑えた独特の没線描法を確立。

帝国美術院会員。第一回文化勲章受章。
死後、正三位勲一等旭日大綬章を追贈された。

【代表作】

『無我』1897年 
東京国立博物館蔵
『屈原』1898年 厳島神社蔵 『蕭湘八景』1912年 
東京国立博物館蔵 
※重要文化財
『生々流転』1923年 
東京国立近代美術館蔵 
※重要文化財
『大楠公』1938年 湊川神社蔵 『或る日の太平洋』1952年 
東京国立近代美術館蔵
渡辺華山(わたなべかざん)

1793年10月20日(寛政5年9月16日)‐1841年11月23日(天保12年10月11日)。画家。

年少時より家計を支えるため画業を志す。大叔父の平山文鏡に手ほどきを受け、以後、白川芝山、金子金陵に師事。さらに金陵の師である谷文晁に教えを受けたことで、その才は大きく花開く。文晁は画家としてだけでなく、文人画家として華山の手本となった。
文晁に倣い、南画だけでなく、さまざまな系統の画派を広く吸収。その後も多くを学び、かつて例のない独自の画法を確立させた

【代表作】

鷹見泉石像 画 佐藤一斎像 画 市河米庵像 画
一掃百態図 画 全楽堂日録 随筆 日光紀行 随筆
伊東深水(いとうしんすい)

明治31年(1898年)2月4日 - 昭和47年(1972年)5月8日)。
大正・昭和期の日本画家。

日本画独特のやわらかな表現による美人画が有名。
本妻の好子をモデルに大作を数多く発表し、評価を高めた。
戦後は美人画とも並行し、個人的に独自の題材で日本画を制作することが多かった。

【代表作】

『指』(1911年) 『湯気』(1924年) 『秋晴れ』(1929年)
『銀河祭』(1946年) 『清方先生像』(1951年)  

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黒田清輝(くろだせいき)

1866年8月9日(慶応2年6月29日)‐1924年(大正13年)7月15日。
洋画家。

1884年より渡仏し、1886年画家に転向。ラファエル・コランに師事する。
1893年に帰朝すると、美術教育者として活躍。1894年に生巧館を譲り受け久米桂一郎とともに洋画研究所天心道場を開設すると、印象派の影響を取り入れた外光派と呼ばれる作風を確立させる。1896年には白馬会を発足させると、同年、東京美術学校西洋画科の教員となり、以後の日本洋画の動向を決定付ける。1898年、東京美術学校教授に就任、1909年には洋画家として最初の帝室技芸員に選ばれ、帝国美術院院長などを歴任するなど、多大な功績を残す。

【代表作】

アトリエ(1890年、鹿児島市立美術館) 読書(1892年、東京国立博物館) 朝妝(ちょうしょう)(1895年)
湖畔(1897年、東京文化財研究所黒田記念室、重要文化財) 夕陽(1898年、豊橋市美術博物館) 智・感・情(1899年、東京文化財研究所黒田記念室、重要文化財)
花野(1907年 - 1915年、東京文化財研究所黒田記念館) 桜島爆発図(1914年、鹿児島市立美術館) 梅林(1924年、東京文化財研究所黒田記念館)- 絶筆

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裏千家 宗匠[十一代] 精中宗室  玄々斎

1810(文化7)年- 1877(明治10)年7月11日

11代玄々斎精中は、10代認得斎柏叟の女婿として、10歳のときに三河国奥殿藩松平家から養子に入った。茶道以外にも華道、香道、謡曲などに通じていて、茶箱点や立礼式の創始、和巾点の復興など、積極的に活動をした人だった。立礼式は、明治5(1872)年、湯島聖堂大成殿を会場に開かれた博覧会に際し、外国人を迎えるための創案、また、同じ年に『茶道の源意』を著して、「茶道は遊芸」とする風潮を批判するなど、幕末から明治の変動の時代に合わせた茶道の近代化の先駆として評価されている。

裏千家 宗匠[十四代] 碩叟宗室  淡々斎

1893(明治26)年-1964(昭和39)年9月7日

第二次世界大戦後、14代淡々斎碩叟が、茶道を学校教育へ導入しようと働きかけた結果、学校のクラブ活動で教えられる茶道の大半は裏千家となった。淡々斎は、各地の寺院・神社で献茶・供茶を行ったり、海外への普及に取り組んだりと、茶道振興に功が大きい。全国統一の同門組織として社団法人淡交会を結成。また家元を財団法人化するなど、裏千家茶道の組織化も行い、流派別の茶道人口としては最大規模を誇るようになった。

楽家[初代]  長次郎

〜1589(天正17)年

初代・長次郎は、楽焼の創設者である中国出身の父・あめや(阿米也、飴屋または飴也)と母・比丘尼の間に生まれた。
樂家の代名詞ともなる黒釉をかけた茶碗の作製で優れた技量を持ち、珍重された。没後、長次郎の妻の祖父・田中宗慶が豊臣秀吉から、住まいである聚楽第の一字を取った「樂」の黄金の印を与えられた。これが樂家の始まりである。

楽家[四代]  一入

1640(寛永17)年-1696(元禄9)年

樂家の釉薬の技法を完成させた、とまで言われている三代・道入(どうにゅう)の息子。
名「佐兵衛」の後に「吉左衛門」を名乗る。初代を模範としつつ、父の技法を取り入れ、地味な色調の中に光沢を持つ作風を特徴とする。

楽家[五代]  宗入

1664(寛文4)年-1716(享保元)年

雁金屋三右衛門の子で、四代・一入の婿養子。
名「平四郎」の後、「惣吉」を名乗る。28歳の時「吉左衛門」襲名。いっそう初代・長次郎回帰を進めた作風で知られる。

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